巷のAI関心事は、Agent、MCP、API。さて、知識は何処に。

2025年、AI、特に大規模言語モデル(LLM)を取り巻く技術トレンドは、かつてない速度で進化している。単に高機能なモデルを追求するフェーズから、それらをいかにして現実世界の複雑なタスクに適応させるかという、より高度な実装とアーキテクチャの議論へとシフトした。その中心にあるのが「Agent」「MCP」「API」という3つのキーワードである。

これらの概念は、AIが自律的にタスクを処理するための新たなパラダイムを示唆するが、同時に私たちに根源的な問いを投げかける。それは、AIシステムの『知識』は、一体どこに存在するのか?」という問いである。本稿ではこの問いを深掘りし、さらに一歩進んで、その知識がいかにして更新され、維持されるのか、という「継続学習」の視点から、これからのAIシステム設計の在り方を考察する。

1. AI Agent: 自律的な計画立案とツール実行、そして学習サイクル

AI Agent(エージェント)とは、単なる応答生成器ではなく、明確な目的を与えられると、自らタスクの計画を立案し、必要なツール(API)を呼び出し、一連の処理を遂行する自律的なシステムを指す。LLMをその中核的な推論エンジンとして活用し、Plan-Do-Check-Actのサイクルを実行する能力を持つ。

しかし、エージェントの能力はLLM単体で完結するものではない。エージェントがその機能を発揮するためには、外部システムと連携するためのインターフェースが必要である。それがAPIであり、Web検索、データベースアクセス、SaaSの操作といった具体的な「ツール」としてエージェントに提供される。

私たちの「Smart AI Toolbox」環境で言えば、MLOps/DataOps環境でファインチューニングされたLLMがエージェントの推論エンジンとなり、DevOpsIntegration Hub)環境に配置されたKong API Gateway経由で提供される多種多様なAPIが、その実行ツール群となる。重要なのは、このサイクルが一度きりで終わらない点である。優れたエージェントは、自らの処理結果や外部環境の変化をフィードバックとして捉え、継続的にその計画立案ロジックやツール選択の精度を向上させる機構を組み込む必要がある。

2. MCP: AIアプリケーションの進化を支える設計パターン

MCPModel-Controller-Promptは、複雑化するAIアプリケーションを構造化するための設計パターンである。これは、従来のMVCパターンをAI時代に合わせて再解釈したものであり、継続学習のアーキテクチャを実装する上でも極めて有効である。

  • Model (モデル): LLMそのもの。膨大なデータから学習した、言語生成能力や一般的な知識パターン(潜在知識)の源泉である。
  • Controller (コントローラー): ユーザー要求の解釈、ツール(API)呼び出し、プロンプト生成、応答処理といったワークフローを制御するアプリケーションロジックである。これはタスク解決のための「手続き的知識」と言えるが、同時にエージェントの処理結果を監視し、学習のためのフィードバックデータを収集するという重要な役割も担う。
  • Prompt (プロンプト): 人間の意図をモデルとコントローラーに伝達するためのインターフェースである。これもまた静的なものではなく、対話の履歴や過去の成功・失敗パターンに基づき、動的に最適化されていくべきコンポーネントである。

MCPは、モデルが担う「推論」とアプリケーションが担う「制御」を分離することで、システムの保守性・拡張性を高める。そして、この分離されたアーキテクチャこそが、モデルやコントローラーのロジックを独立して更新・改善していく「継続学習」のプロセスを技術的に可能にするのである。

3. API: 外部システムと接続し、動的データと学習ソースを取得するインターフェース

AIエージェントにとってAPIは、LLMが持つ学習済みデータの静的な性質を補い、動的な情報へアクセスするための重要なインターフェースである。

  • リアルタイム知識: 最新のニュース、株価、気象情報など。
  • 専門知識: 組織内のデータベース、CRM/ERPシステム、業界特化のSaaSなどが持つ情報。
  • 実行による知識: フライト予約や商品注文といった、外部システムへの状態変更を伴う処理。

継続学習の観点から見れば、APIはさらに重要な意味を持つ。APIからの応答(成功、エラー、予期せぬデータ形式など)はすべて、エージェントにとって貴重な学習データとなる。APIの仕様変更に適応したり、より効率的なAPIコールシーケンスを発見したりする能力は、まさしく経験に基づくシステムの改善と言えるだろう。「Smart AI Toolbox」のIntegration Hubは、こうした外部システムとのインタラクションを安全に管理し、そのすべてを学習の糧として記録するための基盤となる。

4. 継続学習: 静的システムから自己更新型システムへ

これまでの議論は、ある時点でのスナップショットとしてのAIシステムを前提としていた。しかし、ビジネス環境、ユーザーの要求、利用可能なツールは常に変化する。この変化の速度に対応できないAIシステムは、いかに初期性能が高くとも、いずれ陳腐化し、価値を失う。

ここで不可欠となるのが「継続学習」のメカニズム、すなわちAIシステム自身が運用データを通じて自己の性能を更新していくためのフィードバックループである。

Smart AI ToolboxMLOps/DataOps環境は、まさにこのために設計されている。エージェントの処理ログ、ユーザーからの評価、APIの応答結果といったデータを収集・蓄積し、それらを教師データとして定期的なファインチューニングやRAG用データベースの更新、さらにはエージェントの「手続き的知識(Controllerのロジック)」そのものを改善するためのインフラを提供する。これは、AIシステムに自己更新のサイクルを実装し、静的なツールから継続的に改善されるシステムへと進化させる試みである。

結論: 知識はシステム全体に分散配置され、動的に更新される

最初の問いに戻る。「AIシステムの『知識』は、一体どこに存在するのか?」

その答えは、「単一のコンポーネントではなく、システム全体に分散して配置され、運用を通じて動的に更新される」である。現代の高度なAIシステムが持つ知識は、以下の4つの階層で捉えることができる。

  1. 潜在知識 (Latent Knowledge): LLMの内部パラメータにエンコードされた、一般的・普遍的な言語パターン。
  2. 明示知識 (Explicit Knowledge): RAGによってベクトル化され、ベクトルデータベースに格納された、特定のドメインに特化した最新の情報。
  3. 手続き的知識 (Procedural Knowledge): どのような順序で、どのツールを使ってタスクを解決するかという、コントローラーやエージェントの制御ロジックとして実装された知識。
  4. 動的知識 (Dynamic Knowledge): APIを通じて、リアルタイムで外部世界から取得される知識。

これからのAI開発者に求められるのは、高性能なモデルを扱う技術だけではなく、これら4種類の「知識」をいかに効率的に連携させ、システム全体として機能させるかというシステムアーキテクトとしての視点である。

すなわち、LLMの推論に基づきタスクを計画・実行するAIエージェント、そのプロセスを構造化するMCPアーキテクチャ、そして外部システムとの連携を担うAPI、これら3要素を統合的に設計・運用する能力こそが、AIの真の価値を引き出す鍵となる。そして、その「知識」の体系は、我々が構築するシステムそのものの中にこそ見出されるのである。

 

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